先日レビューをさせて頂いた「Cookieポリシー作成のポイント」の共著者であるOptionの柳井さん。日本の中でもCookieについてトッププレイヤーである柳井さんとCookieの今後について対談をすることになりました。
目次
柳井さんの普段のお仕事
今日はありがとうございます。
きっかけなのですけど、柳井さんが関わられた書籍「Cookieポリシー作成のポイント」を読んで、網羅的に技術から法律までカバーされているので、一冊、辞書的に持っとくと絶対いいですよっていうのは、私が思ったことで、そんなレビューを書かせて頂きました。
ありがとうございます。
この本は企業の法務部の方やプライバシーポリシーを策定される方向けの本で、主にTMI総合法律事務所の弁護士の方々が執筆されています。その中のテクノロジーの説明の部分で私と、あとメルカリの中井さんも携わっています。
なるほど。柳井さんといえば技術的にハイレベルなウェブのデータ活用をされているイメージなので、そのご縁なんですね。普段はどういうお仕事をされているのでしょうか?
ウェブに限らずアプリや社内データなどさまざまなデータを企業が活用するためのお手伝いをさせていただいているっていう感じですね。
漠然としていますが、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)の構築やデータ分析をやることもあればSPA(シングルページアプリケーション)における広告などの計測設計の広告の計測設計と実装など、本当に幅広いです。SPAの計測はすごく大変で、実装できる人も少なくて。
計測ツールにはGoogleアナリティクス(GA4)を主に使われるのですか?
GA4もありますが、それに限らないですね。もう少し大きな枠で総合的なデータ活用のお手伝いをしています。
そもそもGA4を中心としたウェブサイトの分析って、任意で改善するためのものですし、そこまですぐに困ることは少ないですよね。しかし、広告の計測や集計、アウトプットはお金が日々動いているので、それよりかなりシビアです。そういったデータの加工なども含めて何でもやっています。
かなり業務範囲が広いように感じます。そのレイヤーのお仕事をされている人って少ないイメージです。
アクセンチュアさんや電通デジタルさんが担当されていることも多いですね。企業だと、計測が得意な人や広告が得意な人などが組んでチーム戦になっていますね。私もそういうチームに入ることもありますし、一人で全体を担当することもあります。
Webデータ活用=GA4ではない。データ活用は属人的な仕事
ウェブサイトのデータ活用というとGA4でデータ分析してBigQueryというイメージが強いと思っていますが、柳井さんのお仕事はデジタルデータの活用という点でもっと幅広いのですね。
取り急ぎGA4を導入するだけ、ということであればツール依存で進められますが、実際にデータ活用を見据えての設計となると難しい課題ではあると思います。計測一つとっても、ブラウザや広告のテクノロジーを理解し、Cookie規制などの法律も意識しながら、実装まで進めなくてはいけません。どうしても知識が広範囲になるため、属人的になりがちだと思いますね。
柳井さんってどういう経緯で、そのような広範囲の業務をされるようになったのでしょうか?
もともと、大学在学中(※)に文系ではあったのですが業務委託でサーバーやデータベースというインフラ系の仕事をしていました。あと変わっているというか2000年くらいに統計学にも興味を持ち、授業を受けたりしていましたね。
ただ当時はデータはやっぱりお金になりませんし、卒業後は就職して、事業会社でマーケティングをやったり、そこで計測周りや分析もしたりとか。独立する前は小さめの広告代理店で、広告文なども含めて広告運用の全般をやっていましたね。で、近年だんだんとデータが大切という雰囲気になってきて、独立して今に至ります。
柳井 隆道
Option合同会社
代表社員
マーケティングテクノロジスト
東京大学を卒業後、webマーケティングやサービス企画、システム開発などに従事。
デジタルマーケティングの世界に落ち着き、事業会社、広告代理店を経て2014年に独立。
現在は大小さまざまの事業会社、広告代理店などに対して、テクノロジー観点からデジタルマーケティングの支援を行っている。データ計測の設計、実装から分析、マーケティングオートメーションや広告運用などの施策との連携まで扱う。
さまざまな規模の経験から、企業の身の丈にあったデジタルマーケティングの企画に強い。フリーランスで活動していたが、2017年から法人化。
なるほど。合点がいきました。つまり本格的なデータ活用に必要な、インフラ、マーケ、統計学という一通りの経験を実体験されているんですね。ただそうなると、柳井さんと同じようなレイヤーでデータ活用に関する会話が進むことってあるんでしょうか?変な話ですが会話相手が限られそうなイメージです。
基本的にチーム戦ですから、広告が得意な人や、マーケが得意な人と相談して進めていきます。ただその場合、私の範囲はデータにかかわる技術的なところ(設計、実装など)を任される感じになります。計測周りの設計と実装が重なると大変ではあります。
そのあたり、教えて誰かにアウトソーシングしたり、部下に任せることって可能だったりしますか?
正直難しいですね。自分だけだと大変なので、できれば全体像をお伝えしてやってもらいたいけど、それをわかってもらうには、先ほどのように全体的なバックグラウンドの知識が必要なので、人が見つからないというケースは多いです。計測は得意だけど統計は興味がないという人もいますしね。
なるほど。データ活用が難しい理由が少しみえてきました。人材問題は大きそうですね。
ウェブデータ活用の未来。Cookie規制とプラットフォーマーの変化
今後はCookie規制などプライバシー問題が重要視され、GoogleがサードパーティーCookieの廃止を宣言する(※)など、ますますウェブのデータ活用は激変していきそうです。柳井さんの今後の予測はありますか?
本対談は7月8日に行われました。7月22日のGoogleによるサードパーティーCookie廃止撤回発表の前であり、GoogleがサードパーティーCookie廃止を推進する前提で進んでいます。但し語られた内容は、むしろGoogleがサードパーティCookie廃止に対して消極的であるという事も含め方向性としては言い当てており、また多くの有識者が指摘する通り、サードパーティーCookieはいずれ廃止される可能性が極めて高いことから、内容に変更は不要と判断し、そのまま公開します。
書籍でも説明していますが、Cookie規制への対応です。これまでCookieが担ってきたユーザーの識別という役割が実現できなくなるので、代わりにどうするかということです。
Cookieの役割は個人の識別子の保存だった。代替技術は正直難しい
今まで個人の識別子をCookieに保存することで、様々なユーザー個別のサービスが展開できていたのですが、正直これからは難しくなってきますね。
個人識別の代替技術としては、書籍にも書きましたがフィンガープリンティングと共通IDです。ただフィンガープリンティングはあまり推奨されないですし、同じ種類の端末やブラウザを使う人も多いので、識別の精度が低いですね。
おっしゃるようにフィンガープリンティングは、我々も個人識別の技術ではなくセッション識別の技術だと捉えています。
一方で類推IDという表限をする人もいますが、機械学習などを使って「このIDは同一人物である」といった類推する技術も出てきています。共通IDというのは、メールアドレスなどを使って個人を特定するIDですが、どちらかというとプラットフォーマー側で認識しているIDですね。
しかし、こちらもCookie無しでウェブ上だけで取得できるデータは限られますし、そもそもサイトを訪問する際に必ずメールアドレスを入力してログインするのかもわかりません。
他の技術はあるのでしょうか?
共通IDと似た文脈になりますが、データクリーンルームは最近話題になっています。機密情報が守られたクリーンルームを使って、大きなデータを持つ2社間でデータ連携や活用に対する同意済みの電話番号などを含む個人情報を共有して、活用していくという考え方です。
そういった個人識別データとウェブ上の行動データを結びつけるような動きもあるのでしょうか?
結びつけることは理想ではあるのですが、ウェブの行動データを扱うのが大変なので現実的ではない、コストに見合わないことがあるという意味です。
個人分析と、それ以外の分析はまったく用途が違うが、意識されていない
そもそも、データ活用において、ユーザー識別してできる個人の分析と、それ以外の分析は明確に区別すべきですよね。まったく用途が違いますから。
その二つを明確にわけて考えるというお話って、あまり聞かないですけど、すごく重要ですよね。
データクリーンルームにしても、A社のサイトとB社のサイトって全然違うので、ユーザーのウェブ閲覧行動も全然違います。ですので、仮に両社でその人が何者かはわからない、CookieベースのIDなどの識別子を紐づけてウェブ行動データを結びつけて分析しても、ノイズも多いですし、労力の割によい示唆は出てきません。
分析コストの費用対効果を考えたら、自社の顧客や会員といった、何者かがわかっているユーザーについての分析であるべきで、たとえばAさんは化粧品とこうゲームを買ったといったA社とB社の購買履歴などの方がはるかに使いやすいデータですし、示唆に富んでいます。
ウェブサイトの閲覧履歴は、UIなどにも影響を受けますし、そういう意味でも個人を特定する分析とはわけて考えた方がシンプルになりそうですね。
Cookieレスによる広告業界の未来
Cookieレスが広告業界に与える影響についてはどうでしょうか?
Cookieレス、つまり個人を特定した分析ができないことによって、興味関心がわからなくなるので一般的に広告の精度は落ちてしまいます。ここで、プレイヤーは3パターンいて、一つはGoogleなどの巨大プラットフォーマー、一つは広告出稿企業、もう一つは広告収益をあげているパブリッシャー、DSPです。
この中でもパブリッシャーは、全体的に危機感が低く、あまり検討が進んでいない印象です。広告精度が下がれば収益効率が悪くなるので、影響を検討した方が安全だとは思います。まぁとはいえ自社でデータ活用して収益効率を自力であげられる大規模パブリッシャーは限られるのも事実で、なかなかよい打ち手がないとも言えます。
確かに、規模が小さければ、データ活用するより、広告のクリエイティブがよいからクリックされるという方が影響力が大きいかも知れませんね。
そうですね。規模によってデータ活用の投資対効果があるかないかは決まると思います。とはいえ大規模パブリッシャーの場合、今度は組織が縦割りだったりして、いまいちデータ活用が進まないというケースはよくあります。本当に収益に関わる部分なので、ここは危機感をもってほしいと強く思います。
このままだと「茹で蛙」状態ですものね。
広告出稿主は、巨大プラットフォーマーとの付き合い方が鍵
広告出稿主は巨大プラットフォーマーとの付き合い方が鍵だと思います。a2iのセミナーでもお話するのですが、オンラインとオフラインを繋げて個人データを結びつけ、どんなユーザーがコンバージョンしやすいかを推定し、そのデータをプラットフォーマーに渡してあげれば、広告の配信精度をアップさせることができます。
Googleの拡張コンバージョンなどですね。
はい。これからの未来の広告でコントロールできるパラメーターって、本当に限られてきていて。その中でも、実際のコンバージョン値をプラットフォーマーに返すことは、P-MAXなどに代表されるAIを使った広告出稿の精度を向上させられるのでお勧めですね。逆にいえばその少ないパラメーターを気遣っておけばよいとも言えます。
Googleなどの巨大プラットフォーマー側もCookieレスの影響を受けていると思うのですが、そのあたりの今後の予測としてはどうでしょうか?
ここは、政治的な思惑の話と、技術的な話があると思いますが、政治的な思惑の方でいえば、Googleの本音としては、サードパーティーCookieを廃止したくないと思います。廃止されてしまえば、どうしても推測精度が落ちますから。 代替案として出ているプライバシーサンドボックスも先行きが不透明ですしね。
建前としてはプライバシーサンドボックスを推していますが、実際テストも始まった結果が出ていて、やはり広告精度としては低いみたいです。 技術的に考えても絶対にサードパーティーCookieの方が精度は上になりますから、サードパーティーCookieの廃止はGoogleにとっても悩ましい問題だと思います。
逆にいうと、広告主としては、もう行く末を見守って、従うしかないとも言えますね。
その通りですね。結局、インターネット広告の出稿先としてプラットフォーマーは絶対的ですから、彼らの広告精度が落ちたとしても、それはそういうものとして受け入れ、数少ない調整できるパラメーターであるコンバージョンの価値をコンバージョンに反映させるなどの対応を頑張ったほうがいいですよね。
DSPや一般パブリッシャーは弱くなり、プラットフォーマーの独占状態へ
総合的に考えれば、やはりCookieレスの影響をうける3プレイヤーのうち、きついのはパブリッシャーやDSPで、広告の費用対効果が悪くなっていくので、収益が悪化の一途になってしまうと思います。一方でGoogleなどのプラットフォーマーは、YouTubeや検索画面などもありますし、Googleアカウントなど同意済みの膨大な個人データもありますので、やはり自社完結で広告在庫をはけさせることができるので強いですし、逆に広告費が集中していくことになると思います。
MetaやMicrosoftもプラットフォーマー側として影響力をもちそうでしょうか?
考え方としては一緒ですね。やはりプラットフォーマーは膨大なファーストパーティデータを持っていますから。MicrosoftはChatGPTも持っているので、今後影響力を増してきそうですよね。
Googleも被害者
私、WordCamp Asiaのイベントに参加した時に、欧州のウェブ担当者がGoogleに文句を言っている場面に出くわしたんですよ。プライバシーサンドボックスがめんどくさすぎて、Chromeだけの対応は大変すぎるからはやく業界標準にしてくれ!という怒りをGoogleにぶつけていました。
それは、そもそもGoogleも被害者ですしお門違いですよね。Cookieレスは確かにパブリッシャーにとって悪影響しかないですから、それをいうなら、広告出稿側やパブリッシャー側が、IAB(Interactive Advertising Bureau)などインターネット広告の業界団体に文句をいって、Googleなどのプラットフォーマーをいじめないように依頼していくべきだと思いますね。
ウェブの分析はどうなる?
最後に、ウェブの分析というと、一般的にはGA4と思われがちですが、柳井さんのお話はもっと包括的でした。その包括的視点から、このCookieレスの流れの中で、今後の分析について、多くの企業がやっておいた方がよいことはありますか?
まず今日お話してきたCookieレスは主にサードパーティCookieの話ですから、ファーストパーティーCookieを利用するGA4などのウェブ分析ツールはこの文脈では気にされなくてよいですね。その上で、やはり、まず個人の分析は、ユーザー同意をもらってやっていった方がいいと思います。これは広告の配信精度アップや、ユーザーが何日かけてコンバージョンするとか、CRM含めてそもそもの収益改善に直接的に影響があります。DXの一環でデータ連係の自動化も見据えて取り組めるとよいですね。
その上で、ウェブサイトの改善という意味では、取れる範囲のデータでどこまでやるか?ということだと思います。まったく別で考えた方がいいと思いますね。
ありがとうございます。今日は貴重なお話をありがとうございました。
柳井さんとの対談を終えて、あまり他では聞かないお話が聞けたと思いました。特に印象に残ったのは、個人分析と、それ以外の分析の二つを能動的に使い分けていこう、という姿勢です。Cookieは前者のIDベースの計測に影響を与えるものであり、この二つを完全に別物として捉えることで、組織を横断すべきデータ活用と、そうではなく各部署が使うべきデータがはっきりすると思いました。
とはいえ、このような視野をもってデータ活用に取り組むには、柳井さんのような包括的な経験を持っている方でないとなかなか難しいのではないかと思ったのも事実です。途中にも出てきましたが、人材不足というのも、なかなかリアルで悩ましい課題だと感じました。
こういったCookieレス時代のデータ活用にお悩みの方は、こちらからご連絡ください。