DXが失敗する本当の理由──それは“カスタマイズ”ではなく、欠落したオペレーションモデルだ。

DXが失敗する本当の理由──それは“カスタマイズ”ではなく、欠落したオペレーションモデルだ。

川上エリカ氏プロフィール

エンハンプ株式会社 代表取締役 兼 ゼロワングロース株式会社 取締役 CRO 川上 エリカ (かわかみ えりか)
株式会社マルケト(現アドビ株式会社)でインサイドセールス部・ゼネラルビジネス営業部を統括し、企業の営業組織改革・プロセス改善・マーケティングオートメーションによるデジタルシフト、スタートアップにおけるテクノロジーを活用した組織構築を支援。株式会社みずほ銀行、株式会社リクルート及び外資系IT企業での10年超の法人営業経験、トップセールス・最優秀社員として国内外において多数の表彰実績を持つセールスモデル実践経験、マネジメントとしての事業成長牽引の経験を持つ。2022年エンハンプ株式会社を設立し代表取締役に就任、2022年11月にゼロワングロース株式会社取締役に就任。著書に『レベニューオペレーション(RevOps)の教科書 部門間のデータ連携を図り収益を最大化する米国発の新常識』(MarkeZine BOOKS)がある。

著書

日本企業が「DX疲れ」を起こしている本当の理由

丸山
丸山

本日はお忙しいなか、ありがとうございます。川上さんにお声掛けさせて頂いたのは、ちょうど私が『RevOpsの教科書』を拝読したのがきっかけなのですが、その内容に衝撃を受けました。データ活用は利益(Revenue)を最大化を目指すべきという概念もそうですが、書籍に掲載されているインタビューの中で、日本企業特有の組織の問題についてもかなり泥臭く踏み込んでおられる印象で。これは日本企業へのエールでもあるなと思ったんです。そこでぜひお話を伺ってみたいと。

RevOpsとは?

RevOps(レベニューオペレーション)とは、マーケティング、営業、カスタマーサクセスといった収益に直結する部門を、データ、プロセス、テクノロジー、KPIなどを統合し、横断的に連携させることで、組織全体の収益最大化を目指す経営戦略です。従来の縦割り組織によるサイロ化を解消し、顧客ライフサイクル全体で一貫した体験を提供することを目的としています。

川上
川上

ありがとうございます。私自身もともとマルケトというツールベンダーにもいて、それまでの経験を振り返った時、多くの日本企業において「DX疲れ」を引き起こしている根源的な問題の本質を解決するきっかけを作りたいという思いで執筆しました。

丸山
丸山

根源的な問題とは、どういう問題なのでしょうか?

川上
川上

オペレーションモデルの不在です。次の図をご覧ください。

原因は「オペレーションモデル(戦術)」の不在

川上
川上

欧米のグローバルスタンダードなテクノロジー(SFAやMAなど)は標準的なオペレーションモデル(戦術)が存在することを前提に設計されています。つまり戦略があればやる手段はパターン化できると。しかし日本ではこのオペレーションモデルの存在自体があまり知られていません

丸山
丸山

これは凄い図ですね。よく日本企業は欧米のソフトをカスタマイズしすぎで問題が発生しているという話しだけを聞きますが、その文脈ではカスタマイズすべきかの二元論になってしまう。しかしこの図は、システムの前に、オペレーションモデルが日本企業に不在だと明示しているんですね。

川上
川上

ご覧いただいた図の通り、戦略(STRATEGY)から実行(EXECUTION)に一足飛びに移行してしまうのが多くの日本企業の特徴です。つまりオペレーションモデルは認知されていなかったりそもそも検討されていません。

丸山
丸山

これは青天の霹靂ですね。そもそもオペレーションモデル、つまり戦術がないのが問題だと。

オペレーションモデルとは

日本語でいうと「戦術」に該当します。企業の戦略を具体的な業務プロセス、組織、テクノロジー、人材などで実行するための仕組み全体を視覚化したものです。企業が「どのように」価値を提供するかを定義するもので、戦略実行の「実行モデル」のようなものです。

川上
川上

戦術不在のまま戦略(STRATEGY)と実行(EXECUTION)を無理矢理繋ごうとすれば、欧米のシステムはカスタマイズの嵐になります。その結果、ツールを導入しても、「テクノロジーを入れてるのに、逆に手間が増えてないか」という現場のDX疲れを引き起こします。これは、本来汎用性があるはずのクラウドサービスを、設計思想を理解しないまま、カスタマイズしてはならないところまでカスタマイズしてしまうからです。その結果、ツールのメリットを享受できず、大掛かりな開発が必要になってしまいます。

「オペレーションモデル(戦術)」の力

丸山
丸山

オペレーションモデルという言葉自体、私は初耳です。欧米の概念についてもう少し詳しく教えてもらえますか?

川上
川上

私が以前所属していたマルケトの株主だったプライベートエクイティのVistaには、創業社長の有名な言葉がありました。それは、「すべての企業は同じチキンの味がする」というパンチラインです。
これは、事業がバーティカル向けでもホリゾンタルでも、大手企業向けでも中小企業向けでも、ビジネスの約8割の型は共通しているという意味です。この差別化の余地のない標準的な8割こそがオペレーションモデル(レベニュープロセスマネジメント、組織デザイン、データマネジメントなど)です。
Vistaは買収した企業に対し、この8割の部分を徹底して標準化し、コストやリソースの無駄を排除します。そして、リソースを、残りの2割である「付加価値が出る領域」(M&Aなど差別化や特殊性を発揮する戦略・実行フェーズ)に集中投下するのです。

丸山
丸山

そこまで再現性があるとなれば、欧米のソフトウェアがオペレーションモデルの型に忠実な理由もわかります。

川上
川上

グローバル企業はこの共通部分(オペレーションモデル)を徹底して標準化します。しかし、多くの日本企業は「自分たちは特殊だから」と考え、本来差別化余地のない標準化すべきオペレーション領域をフルスクラッチで考えてしまい、最も効率化すべき部分を複雑化させるという、非常にもったいない状況を生み出しています

なぜ日本は戦術が不在になったのか?

丸山
丸山

川上さんのお話を伺っていて、日本企業は特に営業部門が優秀であるがゆえと聞いたことがあります。つまり日本には最適化の余地がないほど優秀な営業がいて、相手の役員との組織の関係性まで把握し、誕生日まで知っているような、営業の最高峰ともいえる人達が多数いるわけです。なので戦術がなくてもある意味勝ててしまう。

川上
川上

そうですね。日本の営業やサービスが顧客のことを深く理解している点は間違いないでしょう。私が海外でCSについて学ぼうとした際、現地の人間から「日本人が何を言っているんだ。どの国よりも圧倒的に異常なレベルのカスタマーサクセスをしている国じゃないか」と笑われた経験があります笑

丸山
丸山

確かに、日本のサービスは非常に丁寧で、お客様第一の姿勢が徹底しています。しかし、その高い「人間力」や顧客志向性が、オペレーションモデルの不在と深く結びついているのかも知れませんね。

川上
川上

おっしゃる通りです。日本企業の営業スタイルは、長年、個人の勘と経験と度胸(KKD)に大きく依存してきました。お客様とたくさん対話し、関係性を築き、ニーズを掴むという、人の付加価値を高めてきたことが強みです。
しかし、この強みは同時に、大きな課題を生んでいます。すなわち、成功が属人的になりがちであり、組織としての再現性がないということです。

丸山
丸山

日本の強みが弱点にもなるという。

川上
川上

日本企業が本来持っている世界トップクラスの顧客対応力(CS)や個人の営業力という強みは、まさに「付加価値が出る領域」に相当します。しかし、この優れた付加価値を支えるべき「標準化(効率化)の仕組み」が欠けているため、組織が「効率化する部分だけは異様に下手」という非常にもったいない状況になっているのです

どうやって日本企業の強みを統合するか?

丸山
丸山

川上さんは、こういった日本独自の状況においてどのようなアプローチを取られているのでしょうか?

川上
川上

先ほどの営業やCSが強いことを考えると、日本企業の弱みはマーケティング領域とオペレーションモデルだけという側面もあります。そこで日本企業の高い顧客理解力と細やかな対応という強みを、オペレーションモデルに反映していくことで、その企業独自の資産を構築することができます。

丸山
丸山

企業のオペレーションが効率化するということでしょうか。

川上
川上

いえ、単純な効率化に閉じた話ではありません。業務効率化としてオペレーションモデルを捉えると、それが一般的なIT投資と同じように見えてしまい、現場の反発やコストセンター化を招いてしまうことがあります。特にアート的に顧客と価値の高いコミュニケーションをとってきた営業さんにとって、効率化は大切な意味の部分を削られたり、ありきたりなものに収束してしまうという懸念を生みます。

丸山
丸山

なるほど。確かに効率化にはそういった響きがありますね。

川上
川上

オペレーションモデルは、確かにある程度型化されています。しかしその型化された定石をたくさん知った上で、戦略に従ってどう施策実行を行うのかは千差万別で、そこに先ほどのアート的な企業独自の活動も加わります。

丸山
丸山

たしかに。それこそ企業の独自価値そのものですよね。

川上
川上

したがってオペレーションモデルが本質的に目指しているのは、意思決定の精度とスピードの改革です。ありきたりの型にはめ込むのではなく、各活動のデータ計測と見える化により、自社独自の意思決定基盤を築くことができます。オペレーションモデルは「画一化するもの」ではなく「企業の強みを再現し拡張するための設計図」なんです。

丸山
丸山

すごくよくわかりました。とても戦略的な取組なんですね。

測りすぎると嫌がられないか?

丸山
丸山

変な質問なんですけど、データ計測をされるというのは、なんとなく人間的な活動からすると真逆のイメージというか。「常に測られている」という印象になりそうです。そういった反発はないのでしょうか?

川上
川上

私のお客様のところでは、むしろ喜ばれているという印象です。今まではまるで暗闇の中で、方向があっているかわからないけど走っているみたいな感覚だったと。

丸山
丸山

それはとても面白いですね。我々もレイヤーは違うのですが、自社開発ソフトのQAでは、最近データ駆動アシスタントという言葉を使っていて。このアシスタントという言葉がとても大切だと思っているんです。データは多くの人の助けになるという意味で。

川上
川上

やはりオペレーションモデルの目指すところは、先ほどお話しした「意思決定の精度とスピードをあげる」ことなんですよね。オペレーションモデルが導入されたことで、いつ何をみればよいのかが明確になり、経営陣が見たい数字もわかるので、コミュニケーションも円滑になっていきます。

丸山
丸山

川上さんのお客さんってどの部署の方が多いのでしょうか?

川上
川上

ケースバイケースですね。経営企画の人もいれば、マーケティングの人もいますし、DX推進という人達もいます。ただすごくやる気はあるのだけど、どうしたらよいのかわからないという状態から脱却できるのが大きいみたいですね。

丸山
丸山

最近のニュースですが、アメリカではCMOという職種では難しいので、CROをおくという話しが出ていました。

川上
川上

確かにCMOという職務領域がマーケティングだけだと思われている企業だと、実際には営業組織への影響力が弱かったりして、組織の課題は解決しないということが多いですからね。マーケティングとセールスなどのセクショナリズムの中に閉じ込められ、連携がうまくいかないというケースもあるでしょう。レベニュープロセス全体を俯瞰してみることができ、顧客解像度が高いCMOの中には、CROに昇格して、全体を見てもらう立場になってもらうパターンも実際に出てきています。

丸山
丸山

今までそういうセクショナリズムの問題があるので、CXOってどこまで責任を持てばいいのか?と疑問に思うこともありました。ただこのオペレーションモデルが確立していると、CXOが面倒をみるのはまさにこのオペレーションモデルであり、CROという全体俯瞰で、企業活動そのものを計測していくというのはとても理にかなっている気がします。長年の疑問が晴れました。

プライバシー時代のデータは?

丸山
丸山

企業活動のデータ計測というと、昨今のプライバシー規制の影響をうける部分もありますよね。その影響ってあったりするのでしょうか?

川上
川上

規制って、逆にチャンスだと思うのですよね。企業の強みが成熟するというか。

丸山
丸山

チャンスですか。それは新しい見解です。どういう意味でしょうか?

川上
川上

これまで「どれだけデータを取れるか」が競争力の源泉であったとすれば、今後は「このデータをどうつなげてどう意思決定に使っていくのか」という自社にしかできない設計自体が価値になっていく。その点で構築力が試されますし、各企業にとってより創造性が生きる部分ですよね。

丸山
丸山

なるほど。確かに「自社の中にあるもの」で勝負しないといけませんからね。

川上
川上

それって、成熟だと思うんです。企業が他頼みにしていたものに制約が出る(データが欠損する)ということは、各企業が改めて自社の強みを体系化する、構造化する、再構築するということに目を向けないといけないということになり、これがより成熟を促すのかなと。

丸山
丸山

納得です。むしろそちら側の視点に早くたった方が健全ですね。強くなりそうです。

川上さんの原点は?

丸山
丸山

今までのお話をお聞きして、変な言葉ですけど、川上さんは天才肌だと感じます。企業活動を俯瞰的に観察し、根本課題を言語化されている印象です。どのような経緯でそのようになられたのですか?

川上
川上

普通に銀行に新卒入社してのキャリアスタートでしたが、ありがたいことに、その後、リクルート、マルケトなどの転職先でそれぞれ営業成績はかなりよかったので、お客様に何かしら価値のあるご提案はできていたのかな?と思っています。

丸山
丸山

それって全然違う業種において、トップセールスのような状況ということだと思います。やはりすごいですね。最初は銀行だったんですか?それは少し意外でした。なぜ銀行だったのでしょうか?

川上
川上

学生時代は「新卒でも経営者と喋れる仕事」がいいなと思って、非公開会社の決算書を見ることができるという理由で銀行を選んだんです。その後、企業規模や日系外資を問わず経営観点での課題解決という切り口で人材領域のリクルート、そしてそして外資系ITのアカマイ、マルケト(現アドビ)、Apptioといった職歴になります。今から考えると、経営に関係する、お金、人材、ITといったことに関わってきました。

丸山
丸山

なるほど。元から経営に興味を持たれていたと。ご両親が経営者だったりするんですか?

川上
川上

いえ、会社員です。どの企業でも営業や営業領域を主とするマネジメントに関わる中で、トップセールスになるのに必要なベースとなるものは同じだと考えていました。それがVistaのポートフォリオカンパニーで働く中で確信にいたったという感じです。この考え方があれば日本企業のポテンシャル発揮と課題解決に対し、再現性高く取り組むことができると思ったんですよね。

丸山
丸山

納得がいきました。川上さんの今までのキャリアと経営構造を見抜く力が、今のエンハンプさんの活動にいきているんですね。

日本企業にはオペレーションモデルだけが欠けていた。この考え方をもっと広めるには?

丸山
丸山

今日はとても面白いお話が聞けました。ありがとうございます。ぜひこの川上さんの考え方が広まってほしいと思いました。川上さんは時々大きなセミナーに登壇されているのは知っているのですが、定期的にセミナーなどはされているのですか?

川上
川上

書籍以上に何かをお教えするようなセミナーはやっていなくて、最近は対談型のセミナーに呼んで頂いた時、お役に立ちそうな時にお話している状況です。

丸山
丸山

川上さんは相手の悩みが具体的な方が適切な答えを返せるが故に、教えるというよりは、対話で答える方が役に立つという感覚をお持ちなのかもしれないですね。とはいえ、せっかくの川上さんの考え方がもったいない気もします。書籍が代わりになるとは思うのですが。

川上
川上

そうですね。書籍にしっかり書いたという思いはあります。あと、弊社はコンサルティングファームの方と提携していたりもして、そういうプロフェッショナルな方にお伝えした方が、より多くの方のお役に立つということはありますよね。

丸山
丸山

書籍を出されたのがちょうど一年前くらいですが、そこから反響だったり、日本企業が変わってきたといった実感はありますか?

川上
川上

うちはオペレーションモデルがないからこうなってるんだな」という「戦術層が空白だったんだ」という認識を持って会話をするお客様がこの1年で非常に増えたと感じています。あと最近驚いているのが、情報システム部でデータ推進を進めている方から「書籍読みました」とご連絡頂いたりすることです。もともと書籍の想定読者はレベニューリーダーの方だったのですが、そうではない方にまで読んで頂いているのはとても嬉しいですね。RevOpsは企業内の垣根を越えていく仕事なので、よかったと思っています。

丸山
丸山

川上さんの考え方を知ることで、ヒントになる日本企業はとても多いのではないかと思いました。今日は貴重なお話をありがとうございました。

対談を終えて

川上さんとお話ししていて一番感じたのは、見えない構造を言語化するスキルの高さです。それはもう天才的で、たとえば「効率化」と一言でいってしまいそうなところにも厳密性があり、その背景には実践で培われた膨大な情報量が集約されているという印象です。

お話していくうちに、川上さんの考え方が多くの企業に広まれば、やるべきことが見えてくるのではないか?と感じました。日本企業は“人間力”という世界屈指の資産を持ちながら、それを支えるオペレーションモデルだけが欠けていた。そこが整うことで、真の強さが発揮される。川上さんのお話はその可能性を教えてくれるものでした。

RevOpsの教科書はとても面白い書籍で、特に沢山のインタビューが現実的で秀逸です。データ活用に関わる方にはぜひお勧めします。